大判例

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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)6313号 判決

原告

三菱商事株式会社

右代表者

木戸利治

右訴訟代理人

田中章二

右訴訟復代理人

元地健

被告

川鉄鋼材工業株式会社

右代表者

長門巖

右訴訟代理人

川岸伸隆

被告補助参加人

川鉄商事株式会社

右代表者

黒田秀雄

右訴訟代理人弁護士

花房秀吉

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の物件を引渡せ。

二  訴訟費用中参加により生じた分は被告補助参加人の、その余は被告の各負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

〈前略〉

(1)  中尾は、本件物件について常石造船からの発注が得られず、原告、万商、中尾の間で右物件の新たな売却先を捜す必要が生じた昭和五二年三月下旬ころ、同年四月初めに予定されていた自己の債務の決済資金や実質的に自己の経営下にある旭造船株式会社(以下、「旭造船」という。)の従業員に対する支払資金調達の目途が立たなかつたことから、一時的に本件物件を自己の名で他に売渡し改めてこれを買戻すという形で当面の資金繰をつけようとし、これに応じる買手を捜していた。

(2)  参加人の鋼材販売担当社員であつた中村行雄は、右三月下旬ころ、中尾から、常石造船に売渡す予定で本件物件を入手しているが、納期の決定が遅れており、自己の資金繰が苦しいので、一時的に右物件を買上げてもらいたい旨の申入れを受け、右物件が流通性の乏しい規格造船材で量も多かつたことから一日はこれを断つたが、日を置かずして中尾から再度、小林産業から右買上げの承諾を得たがその代金支払のための手形の振出が中尾の求めている四月初めに間に合わないので、参加人が中尾から右物件を買上げて直ちに小林産業に売渡す方法で取引に加わり、四月五日ないし六日までに参加人の手形を中尾宛に振出して欲しいこと、小林産業からは参加人より買取る方法で取引に入ることの承諾を得ており、売買価格は中尾と参加人との間がトン当り七万一〇〇〇円、参加人と小林産業の間がこれに二〇〇円を上乗せしたトン当り七万一二〇〇円とし、小林産業から中尾が右物件をトン当り七万一四〇〇円で買戻すことで手筈が整つていること等の説明とともに買取方の依頼がなされたので、中村は、転売先が決つているのであれば参加人にとつても売上増となり口銭も入る利点があると考え、中尾の申入れに応ずることにしたが、代金支払のための手形の交付は、本件物件が被告の指定する場所に搬入されるのと引換になすこととした。

(3)  そして、右中村は、参加人と同じ川鉄グループに属する被告に本件物件を一時播磨工場において保管してもらいたい旨依頼し、その承諾を得たので、中尾に対し右工場を引渡場所として指定する一方、中尾の要請する四月五日ころの手形の振出交付という後記のような異例の措置を可能とするため、同年三月三一日から、中尾に本件物件の注文請書を作成させ、また本件物件の納入前に予め納品書と請求書も作成させるなど必要書類を整え、社内の事務処理手続をなし、その手筈を整えたうえ本件物件の搬入を待つた(なお、参加人の通常の取引においては、毎月二〇日に計算を締め、当月末もしくは翌月末に前者の場合は一二五日先、後者の場合は九五日先を支払期日とする手形を振出交付して決済するという決済方法がとられていたが、中村は右取引に関しては三月末日締めで翌月五日払という特別の措置をとつた。)。

しかるところ、同年四月五日に本件物件の一部が参加人の指示どおり被告播磨工場に輸送搬入され、残部も翌六日に搬入される見込みであつたので、参加人は右五日に中尾に対し、本件物件の売買代金七一二二万九三三〇円の支払のため額面合計七〇〇〇万円の手形を振出交付し、残余は中尾の参加人に対する債務と対当額において相殺した。

(4)  参加人は同年五月四日ころ、予め中尾から話のあつたとおり、本件物件を小林産業に売渡し、右物件の荷渡依頼書を作成して同社に交付するとともに、小林産業から代金七一四二万九九七六円に相当する手形の振出交付を受けた。

(5)  ところで、参加人は、本件物件が被告播磨工場に搬入された後、被告から請求を受けて右物件の荷揚料、入庫料及び保管料を支払い、また、被告から参加人宛に作成された昭和五二年四月三〇日付の預り証を受領していたが、同年五月下旬ころ、中尾が常石造船に本件物件の引取を交渉する際の資料に使いたいと称して被告作成にかかる右物件の預り証ないし在庫報告書を求めて来たので、参加人の中村は、常石造船や他の需要家に示すものであればむしろ宛先を記入しないものの方が好都合であろうと判断し、被告播磨工場の松本三郎に指示して宛先を空白にした「預り証(在庫証明)」と題する書面(前記甲第九号証の原本)を作成させ、これを中尾に交付したことがあつた(なお、中村は右のような宛先の記入のない書面を交付したことについて上司から注意を受けたので、その後間もなく中尾からこれを回収した。)

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

〈中略〉

2 次に、参加人が予備的に主張する即時取得の成否について判断する。

(一) 前記二1(二)において認定した事実によれば、参加人が無権利者の中尾から動産たる本件物件を買受けてその引渡を受けたことは明らかである(そうである以上、右売買のなされた動機が中尾に金融を得させるという点にあつたとしても、右取引について民法第一九二条の適用が排除されるべきいわれはなく、金融取引であることを理由に右の適用がないとする原告の主張は失当である。)。

(二)  原告は、右売買に際し参加人が中尾の無権利者たることにつき悪意であつたか、そうでないとしても中尾を権利者と信ずるにつき過失があつた旨主張するので、以下、この点について検討するに、本件においては、右悪意もしくは過失の有無は、中尾との契約締結に当つた参加人の社員中村行雄についてこれを判断すべきものと解される。

しかるところ、本件において、右中村が右売買に際し中尾の無権利者たることにつき悪意であつたことを認めるに足りる証拠は存しないものの、右売買のなされた当時、参加人と中尾との間でなされていた鋼材取引は、売りと買いの双方の場合を合せても、一か月平均一二〇トンないし一三〇トン前後であり、参加人の中尾に対する与信限度額は五〇〇〇万円で、売掛債権残高を超える与信枠が二〇〇〇ないし三〇〇〇万円程度のものであつた(前掲中村証言によつて認められる。)のに対し、先に二1において認定した事実によると、本件売買は、通常の右取引額及び与信枠を大幅に超過する一〇〇〇トン、代金七〇〇〇万円以上もの鋼材を対象とするものであるうえ、右物件の最終需要家が定まつたうえで流通の一環としてなされる通常の鋼材取引とは異なるもので、しかも代金決済については通常の決済方法によらずこれより相当早い時期に手形を振出交付するよう中尾から求められるなど、その取引の高、形態、決済方法において通常の継続的取引の枠にはまらない異例のものであつたから、中村としてはそれだけでも通常の取引において要求される以上の深い注意を払つて右取引に臨むべきであるうえ、同認定の事実によれば、中尾は月商もせいぜい四〇〇〇万円程度の比較的小規模な流通業者に過ぎず、このことは中尾との継続的取引を担当していた参加人の中村も当然に知つていた筈で、しかも本件売買の内容から当時中尾が資金繰に極度に窮していたことは明らかであつたから、中村としては、そのような中尾が価格にして七〇〇〇万円以上もの本件物件を、売主に対する代金決済を了して自己の在庫として保有し、これを自由に処分しうる立場にあるかについて当然に疑念を抱いて然るべきであり、その場合、中尾の仕入先である万商に対して本件物件が中尾に売渡済のものであるかの点を確認することも容易であるのに、中村は中尾の言を信じ、本件物件が自己の指定した被告播磨工場に搬入されるのを確認したのみで直接万商に対する問合わせ等右確認のための措置をとらなかつたものであるから、右中村には本件物件について中尾を権利者と信じたことにつき過失があつたものといわなければならない。

もつとも、証人中村は、右売買に際し、万商が中尾宛に作成した本件物件の注文請書を確認した旨供述し、参加人は右注文請書の写しとして前掲丙第一四号証を本訴において提出している。しかしながら、右丙第一四号証は、前述したとおり注文請書としての体裁を整えておらず用紙も中尾鋼材商会のものが用いられており、それ自体によつてその成立を疑わしめるものであるから、仮に中村がこれの原本を確認したとすれば、かえつて万商から中尾への本件物件の売渡しについて疑念を抱くべきであり、これらの証拠によつて前記中村の過失を否定することはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく参加人の即時取得の主張は失当である。〈以下、省略〉

(山本矩夫 矢村宏 三代川三千代)

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